文学史における写実主義,浪漫主義,自然主義の意義とは

写実主義のはじまり

写実主義は坪内逍遥の『小説神髄』に始まり, 二葉亭四迷の『浮雲』を出発点とする流れである. 言文一致体を特徴とし,現実を描写するという意味で写実的といわれた. 写実主義は現実らしい立場を描き出す文学であり, 人情をリアリズムをもって描き出すことを目的としている. 勧善懲悪やスーパーヒーローではない, 人間の奥底にまでひびく深く突き刺さるものを目指した. 善悪正邪の内幕を描き,人生の批判を根本的にもっている. また芸術の効果や文学が役に立つか立たないかといった究極の問いにも迫る思想であった. 文体は現在の日本は口語体であるが,このころは言文一致体を主流とした. 社会に強い関心を持っていた二葉亭四迷はロシア語を習得していたため, ロシア文学の影響が強く,近世文学から始めることを行わず, 前の時代を受け継がない形で写実主義を始めた. ちなみに樋口一葉は文語体である. 『浮雲』は偉大なる先駆,偉大なる失敗作と呼ばれ, 未完で終わってしまったものの,近代文学のはじまりといえばこの『浮雲』といえるだろう. 抑圧された個人や,やぶれかぶれでも誰でも等しく価値があると言うことを説いた余計者の文学は, その後の日本の小説のテーマにもなった.

浪漫主義のメンタリティ

浪漫主義は自我を解放し社会とぶつかっても進んでゆきたいといったものが目指した思潮である. 自我の追求,社会との軋轢,社会との対立を描き出していることで優れた作品を残した. 特に樋口一葉は父親の上昇志向,生き方が直接死に方に結びついている封建制と戦い, 批判精神の強い作品を多く残した.しかし樋口一葉は文語体であったため, 文体は『浮雲』から後戻りした雰囲気があるが, このころは文体がまだ安定していなかったので,私たちのなじみとなる文体になるまでもう少し時間を必要とした. 一葉は金,セクス,男性優位の性,差別,封建主義,人間存在の闇といった多くの問題と戦った. 自我の解放を叫び,封建主義に訴え,自我を解放せねば近代文学はなかったといえる. また女性の側から批判の目を向けることはこの一葉に先見の明があった. ほかにも与謝野晶子,島崎藤村,北村透谷等が古くさいやり方を批判した. 自分は女だけれどもと,一葉はいつも社会と戦っていた. ここに硯友社が登場し,写実主義から派生した擬古典主義を作るが, 尾?紅葉は娯楽という文学にこだわり大衆に迎合することでうまく社会と渡り合っていった. このころの大衆のメンタリティがなんであったのか知りたいところである.

自然主義の展開

浪漫主義の流れを受け継いで出てきたのが自然主義である. フランスから入ってきた自然主義は日本で独自な展開を遂げ, 社会への関心から私小説への変質となっていった. 自然主義の中では国木田独歩がワーズワースやツルゲーネフの影響を受け, 短編の名手として社会に強くコミットしていった.外国の影響をよく消化して素晴らしい作品をたくさん残している. 自然主義は19世紀にゾラが提唱してはじめたもので, ある状況を設定しその中で人がどう生きてゆくのか考えた実験である. 自然主義はどうしようもなく救いがなくて暗い.日欧の違いは浪漫主義よりリアリズムを追求したこと, 浪漫主義を否定する形で自然主義が現れたことにある. 独歩はどうしようもなく浪漫主義だったのに体の影響もあって自然主義に傾いてきた. 『牛肉と馬鈴薯』などは今の我々の書き言葉の原型にもなっているといえる. ほかに島崎藤村の『破戒』は部落問題を描いた作品で社会性をはらんだ問題作である. ヨーロッパの自然主義には必ず社会性が絡むので藤村のこの作品はヨーロッパ的かもしれない. しかし作品発表後,書き換えを行うなどなんらかの問題が起こり, 藤村はくさいものに蓋をするような形で『破戒』の終焉を迎えている. 藤村と仲の良かった田山花袋も『蒲団』を発表し,田山と島崎が二人競い合うように自然主義を作っていった. 自然主義は客観性と本質を追究する姿勢が大事なので,彼らのこれらの作品によって大正文学の主流となっていった. その後,花袋は文体を気にし始め,美文を否定し,古典的な日本語から知らなくても読める日本語へと変わってゆく. またゴージャスな私小説は白樺派に継承され, リアリズム,自然主義,モダニズム,プロレタリアなど三派鼎立に向かっていく.